工藤会と大東社長との関係「創業家の問題が山積み」餃子の王将銃撃事件

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10月28日、餃子の王将元社長の大東隆行氏(当時72)を射殺した事件に関与したとして、殺人などの疑いで、工藤会系組幹部、田中幸雄容疑者(56)が服役中の福岡刑務所で逮捕されました。

そして、その翌日(29日)、京都府警山科署に移送されました。

 

この記事では、工藤会と王将フードサービスの間にあった、カネをめぐる関係の裏側についてまとめていきたいと思います。

 

田中幸雄工藤会の犯罪歴「カネのために銃撃辞さず」餃子の王将大東社長射殺事件

 

工藤会と王将の関係裏側「利害が絡む三角関係」福岡センチュリーゴルフクラブ

工藤会と王将の関係は、王将創業者、加藤朝雄氏(1924~1993)と、福岡県出身の部落解放運動家、上杉佐一郎氏(1919~1996)との関係に遡るものであると噂されています。

2015年6月27日に発行された、一ノ宮美成+グループ・K21による著書『京都の裏社会 山口組と王将社長射殺事件の聖域』(宝島社)で、王将のバックには、上杉佐一郎氏がいると証言する、王将関係者の声が明かされていました。

(出典:京都の裏社会 山口組と王将社長射殺事件の聖域 より)

「『王将』のバックは、なんといっても上杉佐一郎さんでしたよ。(略)『王将』の餃子の店の全国展開に乗り出す際、数百億円ともいわれる原資をメガバンクから上杉さんが引っ張ってきたそうです」

このように、王将の創業家は、福岡の上杉家に、多額のカネで支えられていた関係であったことがほのめかされていました。

 

 

そして、その上杉佐一郎氏は、当時、「解同(部落解放同盟)のドン」と呼ばれ、暴力団も恐れるほどの人物であったことが報じられました。

(出典:Net-IB NEWS より)

「上杉さん」とは、“解同のドン”と言われた故・上杉佐一郎元部落解放同盟中央執行委員長。暴力団でも恐れた人物だ。上杉氏と王将の創業者、故・加藤朝雄氏は福岡県出身の同郷だった。そのため、加藤一族と上杉氏の関係が築かれていった。
 その関係は、王将創業者の長男、加藤潔氏と佐一郎氏の異母弟の上杉昌也氏に引き継がれた。上杉昌也氏は、福岡センチュリーゴルフクラブの経営者だ。ゴルフ場が資金難に陥ったため、加藤潔氏は王将の子会社であるキングランドを迂回して福岡センチュリーゴルフクラブに融資した。

上杉佐一郎氏の異母弟に上杉昌也氏という人物がいて、上杉昌也氏が地元福岡で、福岡センチュリーゴルフクラブを経営していました。

 

その福岡センチュリーゴルフクラブにおいては、工藤会がおひざ元として利用していたことが、『FRIDAY』(2015年12月17日)によって報じられました。

(出典:FRIDAY より)

〈90年代末、工藤会のおひざ元である福岡のゴルフ場が資金難に陥った。その際、ゴルフ場の経営者Xと親交のあった王将の創業家出身の3代目・加藤潔社長(当時)が約90億円を子会社に通じて迂回融資した。だが、返済は焦げつき、王将は財政危機に陥ってしまったのである〉

工藤会は、90年代末、福岡センチュリーゴルフクラブを利用する中で、そのゴルフ場の経営者である上杉昌也氏と関係を持っていたことがわかります。

そして、その福岡センチュリーゴルフクラブの経営難に、王将の3代目加藤潔氏が、約90億円の迂回融資で関わりを持っていたこともわかります。

この時に、工藤会と王将の何らかの接点があったことが推察されます。

工藤会が、バブル崩壊後の上杉家の衰退に乗じて何らかの権力を持ち、上杉家と創業時の関係を持つ王将が、さらに金銭的な関与で巻き込まれた構図となり、 “カネ” と “権力” の両面で、因縁が生じた可能性もあり得ます。

 

こうした背景を清算しようとした人物が、加藤潔氏から引き継いだ王将4代目社長の大東隆行氏でした。

大東隆行氏は、王将創業者の、加藤朝雄氏の義理の弟という関係でした。

 

 

王将創業者と解同のドンは福岡が同郷「力関係の変化」上杉氏と工藤会の密接関係

加藤朝雄氏と上杉佐一郎氏は、福岡が同郷の地であることが明かされています。

(出典:LITERA より)

 王将創業者の加藤朝雄氏は福岡県出身で上杉氏と同郷だった。そのため王将ファミリーと上杉氏との関係が築かれていったというが、こうした関係から3代目社長の加藤氏は、上杉元委員長の異母弟・上杉昌也氏が経営する「福岡センチュリーゴルフクラブ」に子会社を通じて90億円の融資を行い、結果これが焦げ付いてしまったのだという。

こうした王将創業者と上杉家の関係において、福岡という地は非常に縁深いものであったことがわかります。

 

その福岡で影響力を強めていた工藤会が、ゴルフ場をめぐる取引きに、圧力をかけていたことが暗示される話も浮上していました。

(出典:LITERA より)

さらに事件後、在京不動産ブローカーからの話としてこんな情報を記している。

「昨年暮れから『福岡センチュリーゴルフクラブ』を、付設のホテルと合わせて30億円で買ってくれないかという話が持ち込まれているんです。なにやら上杉昌也さんは、後ろ盾となってきた九州のヤクザに追い込みをかけられ、相当焦っているとの話ですわ」

つまり、上杉昌也氏が工藤会とトラブルを起こし、それがなんらかの形で、王将に波及したのではないか、という見方がかなり前から流れていたのだ。

上杉昌也氏の福岡センチュリーゴルフクラブをめぐって、王将加藤潔氏にゴルフ場売買の話が持ちかけられるなど、工藤会の圧力が相当働いていた可能性があることが明るみとなりました。

 

大東隆行氏は、こうした不明瞭な取引き関係解消に乗り出した存在でした。

 

 

王将大東社長の経営力「人間味あふれる餃子愛」創業家との決別

大東隆行氏は、2000年に3代目加藤潔氏に代わって、王将フードサービスの4代目社長に就任しました。

そして、田中幸雄容疑者を含む複数人の犯行組織によって、2013年12月19日に射殺され、死去しました。

大東隆行氏は、この13年の間に、王将の業績を回復させ、現在にまで至るオープンキッチンスタイルの店舗開拓に、尽力してきたことが報じられています。

(出典:日本経済新聞 より)

全国飛び回り業績回復 「餃子の王将」大東社長

大東隆行社長は1941年大阪府生まれ。57年に専門学校を中退し、自営業を経て、69年に「王将」(現王将フードサービス)に入った。営業畑を歩み、副社長を経て2000年に社長に就任した。王将創業者の故加藤朝雄氏は義兄に当たる。

社長就任時に同社は470億円の有利子負債を抱えていたが、看板商品のギョーザの見直しなどを進め、業績を回復。営業本部長を兼務し、全国の店舗を飛び回る日々を過ごしていた。

早朝に出社して本社前を掃除するのが日課だったという。

社長就任時の負債額は、470億円ほどだったと報じられています。

その負債を返済するために、日本全国を飛び回り、看板商品の餃子を大切にしてきたことがわかります。

 

(出典:経営プロ より)

第401回  「成績が悪くなると、決められた食材の量を減らしたりして利益を出そうとするでしょ。それは逆。悪い店ほど、価値を出すことに知恵を絞らないといけません。」王将フードサービス 前社長 大東隆行

大東氏は2013年12月19日早朝、本社前で射殺され、その犯人は未だに分かっていない。そんな同氏は、多くの人に慕われ、愛された経営者だった。1941年、大阪市生まれ。関西経理専門学校を中退後、大東商事を設立。薪炭などの販売を始めたが、思うように業績は伸びず、1969年に、義兄が2年前に創業した「餃子の王将」1号店に入社した。

その後、営業本部長、副社長などを経て、2000年、社長に就任。当時、王将フードサービスは極めて厳しい状況にあった。客足は遠のき、莫大な借入金が経営を圧迫し、倒産寸前の状態だったのだ。

そこで大東氏が行ったのがセントラルキッチンの廃止。一般的にチェーン店では、セントラルキッチンで料理を作り、それを各店に配送して客に出すという形をとる。その方が効率的で利益が出やすいからだ。しかしこれだと当然、料理は出来立てというわけにはいかない。

大東氏は店を改装し、調理場を設け、それをオープンキッチンにすることで、出来立ての料理を出せるのはもちろん、その過程が客の目に見えるようにした。すると利益率は低下したものの、客足は次第に戻り、会社は復活を果たした。

これは掲出の言葉のように、店の価値を出すことに知恵を絞った結果だ。通常なら飲食店の経営改善を図る際、「食材を減らす」という目先の利益に走りがち。しかしそうではなく、客が求めるものは何か、といった、サービス業の本質に回帰することこそ、大切ということだろう。

王将創業家の加藤家一族の経営体制を見直して、店舗の設計から大東隆行氏が手を加え、目先の利益より、継続的な顧客の取り込みを具現化したことが、業績回復につながったことがわかります。

 

 

工藤会と王将の関係を清算「社内報告書で闇を暴く」大東社長の決意

2005年12月には、福岡のゴルフ場の融資の際に関係した、「王将」子会社の「キングランド」を解散させています。

(出典:王将フードサービス HP より)

2005年
12月 子会社、株式会社キングランドを解散

 

2011年6月には、福岡センチュリーゴルフクラブが、総額428億円の負債を抱え、倒産しました。
(出典:Net-IB NEWS より)
ゴルフ場運営会社の(株)福岡センチュリーゴルフクラブは、1987年5月に設立された。上杉佐一郎氏が福岡県小郡市出身という関係もあって、その隣の甘木市(現・朝倉市)にオープンしたという説がある。佐一郎氏の事績を顕彰するため、故郷に錦を飾ったのかもしれない。女子プロツアー会場になるなど、知名度があった。だが、会員預託金返済に行き詰まり、11年6月、福岡地裁に民事再生法の適用を申請した。負債額は関連会社を含めると428億円に上った。16年1月7日に手続きを終結している。

王将の復調とは逆に、福岡のゴルフ場は経営悪化をたどり、民事再生法の対象となったことがわかります。

 

これらのことから、大東隆行氏が社長に就任して以降、2005年キングランド解散、2011年福岡センチュリーゴルフクラブ倒産など、次々と工藤会がカネに絡む関係施設が淘汰されていったことがわかります。

こうした事態に、工藤会が何らかの判断を下し、京都の王将本社にいる大東隆行氏を標的にしたという経緯にも、信憑性が生まれてきます。

 

 

大東隆行氏は、社長就任時から、創業者時代の問題点の洗い出しに着手していたことが『ゴゴスマ』で報じられました。

(出典:ゴゴスマ より)

大東さん射殺は社内報告書提出の直前だった!?

1995年~2005年ごろ
王将フードサービス キングランド(子会社)⇔ 創業者との関係が深い企業グループ
“経済合理性の明らかでない” 貸し付けや不動産取引:14件

▶創業者の親族が主導取引総額:約260億円

大東隆行社長(当時) 2000年4月社長就任

創業者との関係が深い企業グループとの債権回収の交渉

創業者の親族に任すも経営危機に直面

創業者親族から、「経済合理性の明らかでない貸し付けや不動産取引」などが14件も発覚したとあります。

このことに関しては、『産経新聞』がより明瞭に解説しています。

(出典:産経新聞デジタル より)

王将をめぐる不適切な取引と流出額・未回収額

戎橋店購入手数料の支払い 1億・1億
京都市東山区のビル購入 5.3億・4.5憶
ハワイの土地建物購入 18.2億・12.4億
伏見店の隣接土地の買い付け資金 33億・20.4億
知人の関係企業への貸付金 87.8億・40.8億
出金先不明の前渡し金 10億・9.9億
知人の関係企業のゴルフ会員権 2.7億・2.5億
知人の関係企業のホテル棟購入 31.7億・24.3億
福岡県うきは市の建物購入 4.2億・3.7億
福岡市中央区のオフィスビル購入 13.7億・8.5億
福岡県内のゴルフ場隣地・養鶏場購入 31.5億・28.2億
福岡市南区のマンション購入 2億・1.3億
長崎県内の旅館の土地建物購入 21.2億・18.4億
計 約209億・約176億

大東隆行氏の経営再建策の中には、このような不適切な取引をキレイにする役目もあったことがわかります。

 

上記のような調査を、2003年6月まで、親族に任せた結果、解決に至らなかったため、大東隆行氏自身が、直接交渉をしに出向いたことが報じられました。

(出典:ゴゴスマ より)

▶2003年7月ごろ 自身が直接交渉へ

◆取引14件について ➡ 2006年9月までに清算終える 経営危機から脱する

◆東証1部上場を目指す過程で大株主だった創業家と折衝 ➡ 創業家との関係が深い企業グループとの関係解消し切れず

3年2カ月の期間を要して、大東隆行氏は、経営危機から脱するほどの清算を終えることができたことがわかります。

しかし、東証1部上場を目指す過程で、創業家との折衝があったとあります。

その結果、創業者との関係が深い企業グループとの関係が、解消しきれませんでした。

ここで、大東隆行氏と、創業家との間のひずみのようなものが浮き彫りとなります。

 

 

(出典:ゴゴスマ より)

王将フードサービスが設置した『再発防止委員会』
2013年11月 社内報告書にまとめる
1カ月後 大東さん射殺 報告書は公表されず

そして、2013年11月にまとめられた社内報告書がその後提出される予定でしたが、12月19日の大東隆行氏の射殺事件によって、提出されないままになってしまうこととなりました。

大東隆行氏がまとめた内容を公表させないように仕組まれたことだったのか。

大東隆行氏が乗っていた車内には、現金が置いたままになって発見されたとされていることから、強盗目的の事件ではなかったことが明らかになっています。

 

かつて工藤会と関係を持っていた王将創業家と、4代目の王将社長となった大東隆行氏との間に衝突が生まれ、争いの発端となってしまったのでしょうか。

大東社長の改革を阻止するために、工藤会と創業家が密接な関係になり、大東隆行氏の命を狙った可能性もあり得ます。

 

 

工藤会と王将の関係は捜査難航「DNA型だけでは不十分」京都府警の苦悩

先述したとおり、大東隆行氏自身の問題というよりも、王将創業家と工藤会の古くからの関連性が、今回の射殺事件を引き起こしたとみる見解は捨てきれません。

しかし、今回の事件では、その事実を立証することが難航したため、京都府警が逮捕に踏み切れなかった背景もありました。

 

田中幸雄容疑者が、逮捕に至ったとされる “DNA型鑑定の一致” は、実は2015年12月13日に新聞各紙が一斉に報じたことでもありました。

(出典:LITERA より)

 12月13日、新聞各紙が一斉に報じたのが「餃子の王将」射殺事件に関する衝撃情報だった。ちょうど2年前、2013年12月19日早朝に起こった「王将フードサービス」社長・大東隆行氏射殺事件に関して、殺害現場に九州の暴力団組員のDNAが残されていたというのだ。新聞では暴力団の実名は記されていないが、この暴力団とは北九州に本拠地を置く工藤会のこと。この組員は40代で、傘下の組長をつとめているという。

 しかし、京都に本拠地を置く王将の社長を撃ったのが、なぜ九州の暴力団関係者なのか。ここで、各マスコミが注目しているのが、王将と九州のゴルフ場をめぐるトラブル、そして部落解放同盟元幹部との関係だ。

この当時、田中幸雄容疑者の目星はついていたことがわかります。
しかし、事件現場の京都と、事件関係者の所属事務所が福岡という離れた場所であったことが、この時点ではウワサ程度だったことがわかります。

 

さらに、京都府警が、福岡県警に捜査協力する点において、難航していたことも報じられていました。
(出典:週刊新潮 より)

「週刊新潮」はこう書いた上で、福岡県警担当記者のこんなコメントを紹介している。

「京都府警としては、昨年、工藤会トップの野村悟を逮捕するなど、”頂上作戦”を行ってきた福岡県警の協力が欲しい。そこで新聞各紙に大々的に書かせて世間にアピール。それによって、福岡県警を動かそうとしたのでしょう」

 実は福岡県警は王将事件に関与することは消極的だった。DNAが出たからといってその男が実行犯と決まったわけでも、実行犯に指示した者の有無さえ分からない、そんな中、もし失敗したらこれまで積み上げてきた工藤会の公判に影響が出る、という判断だったという。そこで、京都府警が世論を動かそうと、情報を一斉に流したというのだ。

京都府警も、福岡県警も、工藤会の捜査には積み上げたものがあって、今回の王将事件で、一種の賭けとも言える “逮捕” で、万が一失敗した時には、これまでのすべてが台無しになるリスクがあったことから、京都府警の決断に時間がかかった理由となってしまいました。

 

 

京都府警の証拠が “タバコのDNA型” のみだったことも明かされていました。
(出典:LITERA より)

しかし、事情はそう単純ではない。捜査は進展どころか大きな壁にぶつかっており、そもそも、犯人が工藤会組員というのも確定情報ではないようなのだ。

「現場にタバコの吸殻が落ちていて、鑑定したところ、DNAがこの組員と一致したというんですが、現場というのは、殺害場所から1km以上離れた住宅街。ここで盗難バイクが見つかっており、そこでタバコを吸って待ち伏せしていたというのが京都府警の見立てなんです。それだけで犯人とするのはかなり無理があるし、そもそも、これから殺人しようという人間がわざわざタバコの吸殻を現場に残す、というのも疑問です。しかも、府警はこれ以外にほとんど、証拠をもっていないという話ですから、今のままじゃ、立件は難しい」(全国紙・在阪記者)

“タバコの吸い殻” を、田中幸雄容疑者のものとして立証するために、京都府警は、盗難バイクの裏付け、バイクの硝煙反応の因果など、少ない物的証拠や映像証拠などを手繰り寄せて、工藤会組員との関与に結びつける努力をしてきたことがわかります。

 

2022年10月29日、京都府警山科署に移送された田中幸雄容疑者は、黙秘を貫いています。
(出典:MBSニュース より)

「餃子の王将」の運営会社の社長を殺害したとして暴力団の幹部が逮捕された事件で、幹部は事件後の取り調べに対して「黙秘」していることがわかりました。

特定危険指定暴力団工藤会系幹部の田中幸雄容疑者(56)は2013年12月、「王将フードサービス」の当時の社長・大東隆行さん(当時72)を銃撃して殺害したなどの疑いが持たれています。

田中容疑者を乗せた車は10月29日未明に山科警察署に到着しました。

捜査関係者への取材で、事件直後の取り調べに対して田中容疑者は黙秘していることが新たにわかりました。14年前に福岡市内で大手ゼネコン社員らが乗った車を銃撃したなどの罪で服役している田中容疑者ですが、関係者によりますと、田中容疑者は組織内では「プロのヒットマン」として知られていたほか、「口が堅い」ことでも知られていたということです。

京都府警は、事件現場に残されていたタバコの吸い殻から、田中幸雄容疑者のDNA型が確認されたことをもとに、取り調べを続けていくことになります。

 

証拠品となる拳銃が無く、田中幸雄容疑者が実行犯であるかの確証も無い中、どのように追及していくのかがこれからの注目点となりそうです。

 

 

【追記】王将内部の関係捜査難航理由「朝日新聞と京都府警のヤラカシが発端」

大東社長の射殺事件が起きた1年半後、田中幸雄容疑者の逮捕への有力な証拠として、京都府警が控えていた “タバコの吸い殻” が、朝日新聞の単独報道によって、逮捕に至れなくなる事態となったことが、『週刊文春電子版』によって明かされました。

(出典:週刊文春電子版 より)

王将事件から8年10カ月。田中逮捕までには長い紆余曲折があった。

「実は、田中を逮捕するチャンスを朝日新聞に一度潰されているのです」

 そう語るのは京都府警の関係者だ。

「容疑者として田中の名前が府警内で浮上したのは、事件から1年半ほどが経った15年の6月頃でした。現場周辺に落ちていたたばこの吸い殻をつぶさに調べたところ、誰が吸ったのか分からないものが見つかり、その吸い殻から採取されたDNA型が、逃走用バイクの捜査で浮上していた田中のDNA型と見事に一致したのです」

 この“新証拠”があれば逮捕は可能だ、と捜査員たちは色めき立った。

 ところが――。

「同年の夏頃になると新聞やテレビ各社がその話を独自にキャッチしはじめ、12月に入って毎日新聞が事件発生から丸2年を待たずにその話を書くと刑事部長に通告してきた。しかし府警としては、それは容疑者に吐かせるべき“秘密の暴露”。公になれば今後の捜査に重大な支障をきたす。そのため、記者クラブの各社に対し、新証拠がたばこである旨はぼかして書いてほしいと“逆通告”をしたのです」(同前)

 丸2年の節目直前、12月13日の朝刊では、各社がたばこのことを「現場の遺留品」と書いたのに対し、朝日だけは〈たばこのDNAが九州の暴力団と一致〉と大見出しを掲げた。

「これを見た捜査員たちは激怒。年明けに田中の逮捕を予定しており、上層部のゴーサインも出ていたのに、この記事のせいで、大阪高検が『これでは公判が維持できない』と、逮捕にストップをかけてしまったのです」(同前)

公にしたくなかった京都府警の秘策を、朝日新聞がバラシてしまったことが、9年かかった要因の一つとしてあったことがわかりました。

 

 

さらには、京都府警と福岡県警の関係悪化も、逮捕に9年を要した一因であると報じられています。

(出典:週刊文春電子版 より)

さらに、こう補足する。

「王将事件の捜査ファイルには“朝日は永久出禁”との申し送り書がとじられていました。府警には今もこの件を恨みに思っている捜査員が多く、ある府警幹部は『あの記事のせいで一体何年逮捕が遅れ、何千万円の税金が飛んでいったか』と最近も怒りを口にしていました」

 もっとも、田中の逮捕に時間がかかったのは、朝日のせいばかりではない。殺人事件を担当する京都府警の捜査一課と、暴力団事件を担当する福岡県警の捜査四課という、まったく違う2つの組織の協力体制がうまく機能しなかったという側面もあった。別の福岡県警の捜査関係者が、こう証言する。

「もともと福岡県警としては、工藤会のことを何も知らない府警の捜査に不信感を持っていた。そんな中、15年6月末に『週刊ポスト』が実行犯は“九州を拠点とする有力暴力団の構成員”と断定する記事を出した。これを読んだ県警の捜査員らは『京都から情報が漏れている。もう協力できない』と激怒し、揉めに揉めた」

 さらに、16年から17年にかけては、こんな事件もあった。別の捜査関係者が言う。

「京都府警の刑事が捜査のために福岡に行った際、県警の捜査班と合同で飲み会をした。そこまでは良かったのですが、その帰り道に府警の刑事が捜査資料をなくしてしまったのです」

 どこを探しても見当たらず、仕方なく警察庁に紛失した旨を報告したところ、

「その直後、京都府警から来た別の捜査員の鞄の中から資料が見つかったのです。福岡県警からは『そんな軽率な奴らとは一緒に仕事はできん』と散々嫌味を言われたそうです」(同前)

工藤会を扱う福岡県警捜査4課と、事件現場の京都府警捜査1課との折り合いの悪さが、合同捜査を阻んでいたことがわかります。

京都府警のミスが重なってしまった、警察側のミスが、9年という時間を浪費してきたとも言えます。

 

 

田中幸雄工藤会の犯罪歴「カネのために銃撃辞さず」餃子の王将大東社長射殺事件