服部健司顔画像「医療倫理ドラマも企画する演劇教授」群馬大学アカハラ文春砲

  • 2022年10月23日
  • 2022年11月14日
  • 話題
hattori kenji

 

10月23日、『週刊文春』より、群馬大学医学部教授、服部健司氏のアカハラの実態が明るみになりました。

 

この記事では、気になる群馬大学教服部健司教授の顔画像/顔写真を紹介し、学生たちを大量に留年させる起因となった、「即興演劇」のアカハラ実態について探っていきたいと思います。

 

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服部健司顔画像「宣材写真古すぎ」白髪混じり中年メガネ

服部健司氏の顔画像は、『週刊文春』で引用されたものを参考に、大学のホームページを探っていくと、たどり着くのはパッと見若い印象のこの画像でした。

(出典:週刊文春 電子版 (群馬大学医学部 研究室HP) より)

 


(出典:群馬大学 HP より)

『週刊文春』によると、服部健司氏は63歳と報じられており、全くそんな年齢に感じせないものでした。

 

しかし、よくよく調査していくと、 “リアル服部健司” は、もっと白髪交じりの年相応な感じであることがわかりました。

2016年11月時点(57歳)の服部健司氏がこちらです。

 

比較してみると、髪の毛もまつ毛も、肌の色までも、白々としてしまっています。

一体いつの写真を使い続けているのでしょうか。

 

 

先ほどと同日(2016年11月)の、オフレコと思われる場面での服部健司氏はこちらです。

かなりいい感じに顔が赤らんでいます。

多くの人に囲まれて、接待されている感じが出ています。

 

さらにいい気分になっている時の、服部健司氏はこちらです。

めっちゃ笑ってます。

ちょっと髪型が立ち加減に変化して、ノリノリな感じになっています。

 

 

さらにお酒が深くなると、ワイングラスを片手にしながら熱弁するほどになっていました。

教授の話を聞きたい人が多くいることがわかります。

 

そして、服部健司氏の顔画像を探していると、このような画像も発見できました。

髪の毛が黒く、宴席で楽しんでいる時の姿よりも若干若めに見えます。

一体いつの頃の顔画像かは分かりませんが、隣にカメラ機器があることに気づきます。

実は、服部健司氏は、映像監督の経験があることが発覚しました。

 

 

服部健司顔写真と監督姿「トレンディドラマ風装い」高額教材に驚愕

こちらは、『ドラマで考える医療倫理』という映像作品のホームページ画面です。

(出典:ドラマで考える医療倫理 より)

企画・監修

服部 健司
群馬大学大学院医学系研究科
医学哲学・倫理学分野 教授

1959年生まれ。

旭川医科大学医学部医学科卒業後、国立武蔵療養所精神科で臨床研修。その後、早稲田大学第一文学部哲学科に学士編入学。早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程を修了。同博士後期課程単位取得満期退学。関東健康管理センター診療所所長、横浜国立大学非常勤講師などを経て 1999年群馬大学医学部助教授。2003年に同教授、04年より同大学院医学哲学・倫理学分野 教授。医療倫理学のほか、教養教育ではハイデガー、ニーチェ、シェイクスピアの講読、性・家族・死の倫理学などを担当し、06年および07年度、群馬大学ベストティーチャー賞受賞。研究書の他、気取らず読みやすく多角的なものの見方を養う教科書『医療倫理学のABC』(伊東隆雄と共著、メヂカルフレンド社)を上梓-本巻の4つのケースの原案はこの書から採られている。医学生時代には文芸部と写真部に属し、また別役実や太田省吾の劇作をはじめ数多くの舞台を観てきた。群馬大学着任後、学生や伊東らと共に前橋文学会の立ち上げに参加し現在も月例文芸読書会、同人誌発行を続けている。これらが本企画を生むもととなった。文学・演劇・映画をめぐり本気で議論を交わし合ってきた旧くからの友人たちに参加を呼びかけ、制作委員会が構成された。

「企画・監修」という肩書きで、服部健司氏が登場していました。

服部健司氏は、『ドラマで考える医療倫理』を製作スタッフと共に、作品として残していました。

 

 

この服部健司氏企画の『ドラマで考える医療倫理』は、海外でも上映したものであることがわかりました。

(出典:ドラマで考える医療倫理 より)

海外での上映歴

「春の約束」は2006年7月、ソウル・梨花女子大学校で開かれた「ユネスコ・アジア太平洋生命倫理教育会議」、続いて奈良で開かれた「第38回日本医学教育学会」、2008年11年、インドネシア・ジャカルタで開かれた「第9回アジア生命倫理会議」、ついで12月に国立台湾大学主催で台湾全土の医療倫理学研究・教育者を集めて開かれた「医学倫理教学国際研討会」で試写されました。インドネシアおよび台湾では同時に「知らなくていい」の試写も行われ、他国の研究教育者の方々の関心を集め、高い評価をいただきました。

現在、「ドラマで考える医療倫理」は、他の国々でも活用していただけるよう、英語字幕、北京語字幕、インドネシア語字幕、そして日本語字幕版の制作が進行中です。

古くは2006年7月に、韓国ソウルで上映され、その後海外翻訳されて、世界に普及を目指したものであることがわかります。

 

その作品の販売価格を調べると、とてつもなく高額な映像作品となっていることがわかりました。

(出典:ドラマで考える医療倫理 より)

Ⅰ・Ⅱ 2巻組
98,000円(税込)
いずれか1巻のみご購入の場合
55,000円(税込)

2枚セットで約10万円。

1枚のみだと、5万5千円もする高額商品でした。

 

映像にして、高額商品として販売するほど、服部健司氏の演劇熱は高いもので、根深いものであることを感じます。

 

次に、『週刊文春』でも話題になっていた、服部健司氏の「即興演劇」について、さらに深堀していきたいと思います。

 

 

服部健司群馬大学の即興演劇「ルーツは文芸部顧問」アカハラの温床

服部健司氏の「即興演劇」のルーツは、『週刊文春』で掲載されていた、服部健司氏のプロフィールに綴られていました。

1959年、東京生まれ。父は元・会社員、母は元・助産師。
この研究室の主任をしています。もう5年になります。ここに来るまえは、週の半分ほど検診機関に勤め、残りはぶらぶらして過ごしていました。医学生時代、文芸部の顧問でもいらした岡田雅勝先生の研究室に入りびたっていたのが、今日のぼくの生きかたの基礎です。先生に一緒に読んでいただいた最初の哲学書は、ウィトゲンシュタインの『色についての覚書』、3年生のときのことです。数すくないけどいい仲間に出会えたことも大きいです。その仲間たちが今も、まるで親戚やきょうだいのようにこの研究室に頻びんと出入りしてくれて、学生や院生の面倒をよくみてくれています。おかげでぼくはお山の大将にならずにいられています。所属や専門なんて、どうでもいいじゃありませんか。あくまで自由に、ラヂカルに、考え、語り合える、刺激的な場をひらいていきたいと願っています。このホームページをご覧になって、ふらりと研究室に遊びにいらしていただけたら、これはもうサイコーですね。

なんともクセの強い自己紹介とあいさつ文です。

服部健司氏の師匠は、文芸部顧問の先生だと言っています。

その先生に勧められた書物が、 “哲学書” であり、それがきっかけとなり、演劇熱と医学倫理を追究する人物になっていったことがわかります。

 

 

その後、群馬大学医学部の教授に就いてから、「即興演劇」を暗示させる痕跡が、2009年9月15日発刊の出版物に残っていました。


(出典:JIM 19巻 9号 より) 

特集 診療現場での倫理 Case Study

倫理学的判断力をいかにして身につけるか― 一般医に向けて
服部健司
群馬大学大学院医学系研究科医学哲学・倫理学
発行日:2009年9月15日

Q. 臨床現場で医療倫理の問題を考えようとする時、やはり倫理学を勉強しなければならないのでしょうか。

A. しても損にはなりません。けれども、いい小説や映画、演劇を仲間と一緒に楽しんだり、ケーススタディを多く経験するほうが、はるかにお勧めです
Keyword:倫理学 文学的センス ケーススタディ 物語 ドラマ

2009年9月15日の時点で、独自路線を突っ走っている感が浮き彫りとなっています。
医療倫理を考える際、倫理学を勉強するよりも、「いい小説や映画、演劇を仲間と一緒に楽しんだり、ケーススタディを多く経験するほうが」はるかにお勧めと断言していました。
このことから、13年も前から服部健司氏の講義には「即興演劇」があって、服部健司氏の授業を受けないと単位認定されない医学生たちは、必ず通らなければならない道であったことがわかります。

服部健司単位認定の実態「イメージ先行演劇に質問攻め」学生委縮

服部健司氏の「即興演劇」の実態がわかる、『医学界新聞』というものがありました。

(出典:医学界新聞 より)

2022.08.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3481号より

「積極性がない」「マニュアル的な患者対応をしている」「興味のないことには全く関心を示さない」「コミュニケーション・スキルのバラつきが大きくなっている」。昨今の医学生・研修医に対するイメージについて上記の中堅臨床医の声を聞いた臨床倫理学を専門とする服部健司氏(群馬大学大学院教授)は,「これまでは医学の専門知・技術を教育する場として存在した医学部だったが,これからは人間や社会についての理解を深め,経験知を増やすための場が医学部には求められる」と卒前教育の変化の必要性を説く。本紙では,こうした背景を基に群馬大学で立ち上げられた授業,「医系の人間学」の模様を取材した。

 

以下で、群馬大学医学部で行われている、「即興演劇」の様子をお伝えいたします。

 

服部健司即興演劇のリアル「俳優陣を手配」特定の生徒も公開演技

医師役と患者役の俳優が登場し、ケーススタディが始まります。

(出典:医学界新聞 より)

写真1 冒頭に示したシーン(第1場)を俳優陣が演じる様子
手術が成功したにもかかわらず症状が悪化しいら立つ患者と,原因がわからず困惑する医師の様子を俳優が演じる。

第1場
医師 内山さん,お加減いかがですか。
患者(内山) はあ,先生。……あんまり変わりがないです。入院してよくなったかっていうと,そういうこともなくて。
医師 うーん,そうですか……。
患者 手や足に力が入らないし,ジンジンして,痛みもずっと続いています。
医師 ……そうですか。
患者 先生,これはもう治らないんでしょう? はっきり言ってください。
医師 それはですねえ……今の時点ではなんとも。
患者 こんなんじゃキノコ採りに行けませんよ。
医師 うーん。でも,ですね,内山さん。首の脊髄という太い神経の柱を圧迫していたデッパリ,黄色靭帯と椎間板を摘出して,人工骨を使って,神経の通る空間を広く確保する手術。手術自体は,無事成功しましたよ。何の問題もありません。
患者 (医師を見据える)
医師 ですので,じきに症状はとれてくる,は,ず,なんです。
患者 ……ええ,でも,手術していただいて,かれこれふた月,よくなっていないです。よくなるどころか,悪くなってます,手術前より。

かなりクセの強い患者を想定しているように見えます。

 

 

「はい,ここでストップ!」。授業を担当する服部氏は,診察室の一幕を演じていた俳優の演技を止め,すかさず「今の場面どう思いましたか? 周りの同級生と2分間話し合ってください」と,講堂を埋める100人を超す医学科2年生に議論を促す。学生たちの話し合いが終わったころを見計らい,同氏はこう切り出した。「ではAさん,この場面の続きをエチュードしてみましょうか」。医師役を演じていた俳優に代わり,今度は学生が演じる――。

 一連の流れは,群馬大学医学部医学科で行われる「医系の人間学」と冠した授業の1シーンだ。学生の相手を演じるのは舞台やドラマで活躍する一線級の役者たちであり,学生はその迫力に圧倒され,独特な緊張感に引き込まれていく。医学科の授業ではあまり見られない光景だが,なぜこのような取り組みが行われているのだろうか。

服部健司氏は、いきなり演技を止めて、学生同士に考えさせる時間を2分間用意しました。

100人を超える2年生たちが、教授に促されるまま議論をしました。

すると、Aさんがつかまり、服部健司氏曰くの「エチュード」(=即興劇)を求められ、俳優との「即興演劇」を課せられています。

 

つかまったAさんが、医師役をしています。

「原因がわからず困惑する医師」を演じました。

今回は,「精査目的で入院したにもかかわらず,検査・治療を拒否した事例」が取り上げられた。冒頭に示した第1場では,整形外科で手術が成功したにもかかわらず症状が悪化し,一向に歩けるようにならないことから不安といら立ちを覚える患者と,原因がわからず困惑する医師の様子(写真1)が切り取られ,その続きを学生が演じた。

医師(学生) そうなんですけど……。手術的にはうまくいっているので,整形外科的には何も問題ないかと……。
患者 でも,現実に手はビリビリするし,動かないし。何なんですか,これは?
医師 手術自体が失敗した訳ではなく,他のところに問題があるのではないか,というのが私の診立てです。
患者 どこが問題なんですか?
医師 ……。現実的に今一番考えられるのは,神経に問題があるのではということです。親しくする専門の医師がいるのでそちらの病院を紹介しますね。
患者 神経……ですか?(困惑した表情)
医師 何か問題があると決まった訳ではないのですが……。もしかしたら神経を専門に診ている医師ならば具体的な解決案が出てきて,症状が改善するかなと思います。

Aさんはかなり必死に演じたと思います。

そうした上で、服部健司氏は、容赦なく質問攻めにしていきます。

医師役に当てられた学生さんの負担ばかりが思いやられます。

 

 

やり取りを見ていた服部氏がエチュードを止め,患者対応の狙いについて学生に問うと,①手術が成功したこと,②他に原因がある可能性を考慮し専門施設を紹介したい旨を伝えたかったと話す。

 「では実際にその考えを実践してみて患者さんはどのような反応をし,それに対してどう考えましたか」と続けて氏が質問すると,「症状が治らないことを患者さんから繰り返し伝えられたために,原因を何とか見つけ出そうと専門的な検査を行えればよいと考えた」と答える。すると服部氏は「それは医学的な発想だよね。本当にそれだけでいいのかな」と問い掛ける。

 本授業の真の狙いはここにある。これまでの一般的な臨床倫理の授業は,評論家的に頭の中で思考を巡らせ,ケーススタディに取り組む学習方法であったが,「当事者」となり目の前の模擬患者とのやり取りを通じて困惑と失敗を何度も繰り返し体験することで感覚を研ぎ澄ましていく。ともすれば医学的な思考に偏りがちな昨今の医学生にとって,心情理解や一挙手一投足を見逃さない洞察力といった,理屈や知識ではない「生きた倫理」を身に付けさせたいと服部氏は訴える。本授業で患者役をプロの役者が演じているのも,設定された患者のストーリーを想像し,学生の言動に即座に対応できる能力に長けているからだ。

 教室前方で演じた医学生は,「観衆として他の学生が演じる様子を客観的に見るのと,実際に演じるのは全く別物。目の前で起こる状況に臨機応変に対応していくことに必死だった。基礎系の学問を中心に日々学ぶ中で,本授業のように臨床を意識できる授業があるのは刺激的だ」と,本授業の意義を語った。

 学年が上がるほど医療の世界の慣行やイメージに染まり,模倣的な姿勢が強化され,しなやかに望ましい医療の在り方を追い求めにくくなると分析する服部氏。「カリキュラム導入へのハードルは高いものの,全国の医学部でぜひ導入を検討いただきたい。今の医学部生には必要だ」と強調した。

この一連の「即興演劇」の狙いのようなことが、さらに続いていきます。

 

そして、『週刊文春』がキャッチした、この「即興演劇」の恐ろしい点について報じていました。

服部健司のムチャぶり理論「学生にとっては留年をかけた闘い」時代錯誤感あり

(出典:医学界新聞 より)

 同大医学科では,2017年より人間理解,人とのかかわり方を学ぶ「人間学」をカリキュラムへと導入する検討を続け,ついに2020年からスタートした。授業は医学科1~3年生を対象に,社会の現実の中で生きる他者の生へと関心を向け,心情を想像する力,人とのコミュニケーションの図り方,自己表現力,他者のニーズに対して柔軟に対応する方法を学び,医師として必要な医学的な知と技術以外の基本的な素養を身につけることを目的とする。

「座学にとどまらず身体表現参加型授業を取り入れることで,マニュアル通り決められたパターンに従って振る舞うのではなく,相手の出方に合わせて,しなやかに,のびやかに身体表現を養う時間としたい」と話すのは前出の服部氏。に示すタイプA~Cの内容が,学年に応じて組み合わされる形で,180分(2コマ)の授業が週に一度,通年で開催される。

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180分のこの「即興演劇」が、週一度開催されるとあります。

こまごまとした場面設定がこと細かく取り決められています。

 

 

(出典:医学界新聞 より)

 取材当日に行われていたのは,医学科2年生を対象にしたクリニカル・シアターだ。同授業は,俳優が演じるドラマシーンを学生に見せ,その後のやり取りを学生に即興で演じてもらう(エチュード)もの。実際にあった対応困難事例を基に服部氏が創作した全12場にわたるシーンごとに次の①~⑤の流れを繰り返す。

①俳優陣が医療面接をドラマ仕立てで演技(写真1)
②それを見た学生が医師役となって,俳優が演じる患者・家族とやり取りをしつつドラマを展開(写真2)
③俳優陣は学生の言動に応じて即座に別の反応をする
④演技後,学生は自身の狙い, 相手の様子と感想を発表
⑤教員や俳優陣,他の受講生からのフィードバック

先述した通り、服部健司氏は、映像作品の監督を経験しており、プロの俳優たちを絡めながら、学生にも即興を求めるスタンスの講義であることがわかります。

演技へのプレッシャーだけではなく、「自身の狙い」を聞かれ、「相手の様子と感想」まで発表しなければならないとあり、できれば当たりたくない心情が共感できます。

 

この「医学界新聞」の記事をとりあげて、『週刊文春』が取材した学生の声からは、「授業でも失敗が許されず、わずかなミスを見とがめられて留年させられてしまう」と、学生の恐怖心が明かされていました。

参加者によると、医師にクレームをつけたり嫌なことを言ったりしてくる患者に対してどう対応するか、なども考えるという。医学部生のBさんは「ただ6年間座って勉強して、いざ臨床現場に出て患者と対面してみたらろくでもない対応をとってしまう……というぐらいだったら、『今のうちにたくさん失敗して学べ』という授業のコンセプト自体はすごくいいことだと思う」と話す。

「ただ— —」

Aさんは続ける。

「実際には授業でも失敗が許されず、わずかなミスを見とがめられて留年させられてしまう。恐怖で、学生たちは常に委縮しており、『アカハラだ』という声が上がっている」

この服部健司氏の「即興演劇」は、講義のコンセプトを逸脱した、 教授の自己満足に過ぎない実態が浮き彫りとなっていました。
その地雷を踏まずに単位を取得しなければならない学生が気の毒な限りです。

 

 

こうした服部健司氏の「即興演劇」について、ネットの声は、教授への疑問と学生たちへの擁護の意見が目立ちました。

サボって留年なら当然だが、演劇で落とされ、シラバスに表記された評価方法をいきなり変更するとか学生可哀想すぎる。他の大学なら普通に進級できただろうに。
授業で「即興演劇」とは何。
“群馬大学医学部で、現在3年生の約3分の1にあたる約40人の学生の留年が決まり、そのうち24人が1人の教員の授業で留年させられていたことが 「週刊文春」 の取材でわかった。
” “実はこの服部教授、過去に群馬大学からアカハラを認定されている。”

教官として人生の大切な時間を預っていることを改めて確認する記事です。

本事例の全ての事実はまだ明らかではないので、以下一般論です。

権力を握る立場にある人はその行使にあたり、複数で議論し対話を活用する方が良い結果に繋がるかと思っております。

独自性を持った現場に生かされる講義を提供するのは結構ですが、将来を見据えて取り組んでいる学生たちの、有限な時間をむやみに奪い取る行為はいかがなものでしょうか。

 

果たして、「即興演劇」で学ぶ経験が、現代の臨床現場に活かされるものなのか、多くの世間の審議の目が集まっています。