船橋屋8代目の持ち株「辞めたフリしてその後戻る予定」渡辺雅司は事態の風化待ち

watanabe masashi

 

9月28日、「株式会社 船橋屋」が、代表取締役社長の渡辺雅司氏から辞任の申し入れがあったという旨を、公に発表しました。

9月27日の「お詫び文」公表に引き続き、公式の発表の書面に一切名前が連ならない船橋屋8代目の渡辺雅司氏に、ネット上では疑念の声が噴出しています。

 

この記事では、船橋屋社長、渡辺雅司氏の株式保有に関する相続事情について調査し、渡辺雅司氏の金の力によって、事実の風化を待っているだけなのではないかということを探っていきたいと思います。

 

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船橋屋の株は渡辺雅司が相続「婿養子の父が株だけ継いだ過去」おそらく大半は保有

2022年2月21日、『日経ビジネス』の対談記事で、星野リゾート代表 星野佳路氏と、「船橋屋」のファミリーヒストリーについて問答する、渡辺雅司氏の話が掲載されていました。

 

(出典:日経ビジネス より)

ファミリービジネスを裏で支えた女性たち

渡辺:父が何よりすごかったと思うのは、株の集約です。

星野:なるほど。創業家が相続を繰り返すと、創業者が持っていた株が分散してしまい、経営の舵(かじ)取りが難しくなります。だから、どこかで経営を担うメンバーに株を集約しなくてはなりません。ファミリービジネスに特有の課題です。

渡辺祖父が亡くなったとき、父は株以外の資産は何も相続せず、祖父の実の子どもたち、すなわち「家付き」の子どもたちに譲りました。後継者になれなかった伯父の子どもたちにも、祖父の資産を分けました。だから、親族の関係は良好で、正月には今もみんなで集まりますし、株の集約にも理解を示してくれました。

渡辺雅司氏は、「父が何よりすごかったと思うのは、株の集約です」と述べています。

「父(孝至)は株以外の資産は何も相続せず、祖父の実の子どもたち、すなわち『家付き』の子どもたちに譲りました」とあります。

 

渡辺雅司氏の実父は、7代目社長だった孝至さんです。孝至さんは、「船橋屋」には、婿養子として入社した経緯があります。


(出典:Wikipedia より)

祖父・達三(六代目当主)
なお長男がいたが、放蕩息子だったため家から追い出した過去があるなど継がせることが出来ないと判断し、七代目当主・孝至を養子に迎えた

渡辺雅司氏は、先代の父の「株」だけを相続する姿が焼き付いていて、そのことを「すごい」と表現しています。

当然、8代目である息子の渡辺雅司氏が、父の株式を相続する権利はあるわけで、2008年から社長に就任しているので、10数年代表取締役社長として実権を握っていたことになります。

 

 

今回の騒動のきっかけとなった高級車「ベントレー」も、総額3000万円するものだったこともありますので、相当な財産を保有していることが推察されます。

(出典:グーネット より)

ベントレー
コンチネンタル
新車価格帯
2498.1~3500.0万円

 

ネット上では、渡辺雅司氏が相当の財産持ちだということで、「辞任」の意味は実質的に皆無であるとする声が上がっています。

非上場企業の創業者一族って、一等地の大地主一族くらい生まれてから死ぬまで経済的に無敵なので、何がどうなっても一生金持ちのままです。社長辞任といっても一旦社長という肩書きが外れるだけで、会社は依然として渡辺一族が掌握し続けているためぶっちゃけほぼノーダメージです

 

また、ヤフーニュースでも、渡辺雅司氏の「辞任」の意味について取り上げられるまでになっています。

くず餅の船橋屋、“どう喝”動画拡散の渡辺社長が辞任申し出で物議「創業者一族の辞任に何の意味が?」「ほんとの意味の雲隠れ」

 

「辞任」の意味、「雲隠れ」など、メディアも同様の思いを抱いているのではないでしょうか。

 

 

船橋屋は6代目から婿養子「直近の渡辺家は金融出身」歪んだ一族経営

さきほどの相続の話を遡ると、「船橋屋」の歴史は、5代目の時点ですでに婿養子を迎い入れるという事態であったことがわかりました。

『日経ビジネス』の対談に戻ります。

 

(出典:日経ビジネス より)

星野:いや、立派なお父様です。「我慢の7代目」だったのですね。

渡辺:実のところ、6代目の祖父も、我慢の連続だったと思います。戦争で店が丸焼けになったところからの復興を担ったのが、祖父でしたから。祖父も養子で、もともと千葉の名家の出身でした。よく難題を引き受けたものだと思います。

そんな祖父を養子にしたのは、5代目の妻、私の曽祖母です。5代目は船橋屋にとって久しぶりの家付きの跡取りでしたが、早くに亡くなりました。その後、2人の娘を育てながら暖簾(のれん)を守ったのが、曽祖母でした。その曽祖母が、祖父を見出し、婿養子として迎え入れたのです。

 

渡辺雅司氏曰く、「祖父も養子」と述べています。6代目達三さんは、婿養子だったようです。

ということで、「船橋屋」の当主継承は、6代目から “養子” 継承に変化していったことがわかります。

6代目:養子、7代目:養子、8代目の渡辺雅司氏は、養子で継承した父親の子どもということになります。

 

 

ちなみに、4代目・5代目は直系の親族であったようです。

(出典:Wikipedia より)

四代目当主・寅吉
亀戸町議会議員学務委員を兼任した。妻・けん子(元治元年8月9日生)は先代・勘助の一女。

五代目当主・房太郎
寅吉の長男。東京大空襲により船橋屋も工場・家屋のすべてを焼失したが、妻・みえ(葛飾郡水元村出身、茂澤又太郎の長女)が戦火の中、くず餅の原料である発酵小麦でんぷんの樽を地下に埋めて守ったことで、その後も商売が継続でき発展した。

 

本来の5代目の跡継ぎが早くに亡くなってしまったため、5代目の妻が、達三さんを婿に迎い入れて、6代目に就任させたという流れになるようです。

そうした養子が継承していく流れの中、7代目孝至さんも「くず餅」職人ではなく、金融関係の仕事をしていた人物であることがわかりました。

(出典:日経ビジネス より)

証券会社の営業マンを、婿養子にスカウト

渡辺:船橋屋の創業者から3代目までは、創業家に生まれた、いわゆる「家付き」の跡取りでしたが、4代目と6、7代目は養子。5代目は実子でしたが、早くに病死しました。8代目の私が、久しぶりの家付きの後継者です。

星野:なぜ養子が多くなったのですか?

渡辺:昔は長男が後を継ぐのが普通だったところ、娘ばかりが生まれたり、あるいは、長男がいても継がせることができなかったりといった事情です。

私の祖父の6代目には、跡取りとなるべき長男がいました。もう亡くなりましたが、私の伯父です。伯父は決して悪い人ではなかったのですが、いろいろとトラブルがあり、祖父は「跡取りの器ではない」と判断して、私の父を婿養子にとり、7代目にしました。

星野:なぜ、お父様に白羽の矢が?

渡辺父はもともと証券会社に勤めていて、新規開拓の飛び込み営業で船橋屋に来ました。最初は祖父に門前払いを食らったそうですか、通い続けるうちに祖父から気に入られ、「うちの娘と結婚してはどうだ?」とスカウトされたそうです。

星野:お父様のどこに着眼したのか、ぜひ、お祖父様に尋ねてみたいところです。

渡辺:残念ながら、もう亡くなっているものですから。

 

元三和銀行の銀行マンだった渡辺雅司氏の父親も、証券会社の証券マンだったということでした。

7代目・8代目とも、金融関係経由の当主だったわけです。

 

お父さんの代で、大きな問題もなくやってきていた「船橋屋」を、1代でぶち壊しにしたのが、ドラ息子の渡辺雅司だったようです。

 

 

渡辺雅司の裏の顔「家業でも何でもビジネスにしたい」根っからの金満

続けて、『日経ビジネス』の対談から、渡辺雅司氏がもともと家業には興味がなく、銀行マンをしているうちに、「経営者になりたい」という野望を家業に結び付けていく流れがあったことがわかりました。

 

(出典:日経ビジネス より)

銀行で働き、老舗の経営に興味を持つ

渡辺:就職してからです。祖父は、息子の教育に失敗したという思いから、孫の私を、本店がある東京から、遠く離れた土地で育てさせました。本店の近くにいるとチヤホヤされるのでよくない、と。だから私は、家業をあまり身近に感じませんでした

私には「経営者になりたい」という気持ちが昔からあって、大学卒業後は三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職しました。ただ、後を継ぐつもりはありませんでした。老舗の経営というと、守旧的な印象が強くて、興味が持てなかったのです。

そんなイメージが変わったのは、銀行で働くなかで、です。銀行に入ったのは1986年で、バブルの始まりのころでしたが、バブルがはじけた後に、東京・銀座の支店で、銀座6、7、8丁目の商店街を担当しました。中小規模のファミリービジネスが多く、銀行員にとって難易度の高いエリアです。この商店街を担当するうち、老舗の経営に対する見方が変わりました。同じことをずっとやっているのでは沈みますが、本業からあまりにも離れた奇抜なことをやっても沈みます。本業の軸を理解し、その軸を広げるような事業をしている経営者が強い。加えて、組織作りが必須であると。自分なりに、いい経営と悪い経営の線引きが見えてきて……。

星野:自分のなかで、「家業を継ぐ」ことが正当化されていった?

渡辺:そうです。

 

 

家業を継ぐつもりが無かった渡辺雅司氏が、銀行マンになって金融意識を高めていくことで、「家業」と「経営者になりたい」という野望を結び付けたようです。

伝統の「くず餅」を愛しているというよりも、ビジネスで「カネ」を増やすことしか「家業」に見出していなかったような印象も窺えます。

 

こちらは、渡辺雅司氏を知る人物からのタレコミです。

みな口々に、「金」に関する情報や、今回の騒動の収拾の裏について暴露しています。

■年前に船橋屋で働いていました。
あのアホ社長仕事しないし滅多に会社に顔出
さない、
うんちくばっか語って、
金しか興味ないやつです

とにかく金持ち自慢と自分の容姿、性欲自慢がすごくて、『自分の店の発酵くず餅のおかげで腸内環境が良いので、普通の50代よりかなり若く見えるでしょ』と同意を求められる事が多かったです。

今上層部は火消し対応に必死になってます。社長は雲隠れ。でもあいつは辞めないと思いますよ。多分、減俸とかで済ませようとするでしょうね。減
俸したかなんてブラックボックスだから分からないのに。今後の船橋屋の事考えてたら、辞任は免れないのに。早く辞めてくれ。

 

社内では「カネ」のことしか話していなかったようです。

 

結局、「辞任」も形ばかりで、「船橋屋」の株式の多くを保有しているのが、8代目当主であることは間違いありません。

 

今回の不祥事において、「金」の力と「風化」を狙って、雲隠れをして体裁を整えていくことは決定的と言えそうです。
果たして公式の謝罪はあるのでしょうか。

 

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